みかん畑でつかまった。

今年は変化の夏。

意図的なものでなく
長年の継続的な出来事に対しての
「変化」かなと思います。

例えば
独演会シリーズきっかけで

ユウテラスの楽曲を
歌うことを「オープンスタンス」に
したこともそうです。

きっかけになった出来事も
あるにはあるけれど結局は

「周りの目を気にしなくなった」
「年月を経てわだかまりがなくなった」

が一番の理由です。

結局、最終的な理由はいつも
そうゆうものですよね。

煽りも受けて新曲たちもすくすくと
ナチュラルに育ってくれてますから。

ならば「前進性」があるし
良い判断やったと思います。

今は過去の何に対しても
罪悪感も苦しさも義務感もありませんが

周りの目や評価はいつも
心辛いことの方が圧倒的に多いものです。

でも、こうした物事の評価は
「自分以外の誰かが決めること」です。

感知することだけが
自分の可能領域ですから。

ならば「一々を感知しない」もまた
有効であり得ると学んだ3年間でも
ありました。

だから今はもう普通に
何にも気にしてません。

「自分以外の誰かが喜んでくれる」
ことは僕にとって大切なことです。

ならそこに適いそうなものであれば
別に理屈とか良いんやない?って思うから。

それにあえて「自分を犠牲にする」ことで
生まれる何事も手元にないだろうとも思う。

「生き残る」ための本能は
「前進しなさい」と僕に訴えかけてる。

ユウテラスの曲を歌うとゆう選択自体は
僕自身が前進するための
僕が新しい作品を見極めるための
ごく自然な「処置」なんだと思います。

余談ですけど

「みかん畑でつかまえて」は
まだ多くの人たちに聴かせる前に
ユウテラスは終わりました。

僕は大好きなアルバムやったので
当時本当に残念で悔しい想いをしました。

だからその続きの物語を
ちょっとだけ見てみたい!

そんな「好奇心」はあります。

これからちょっとわくわく
楽しみです。

賛美歌みたいなフォーク 爽遊 (ユウテラス/紅男と虎椿) 日記と綴り

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